2010年1月6日水曜日

『ワールド・トレード・センター』検討

 劇中では、「9・11」がリアルタイムで進行するなかで、現場の足下にいる人々を取り巻く、交錯する情報や人々の様子が描かれます。上演時には実際にそういった経験をした役者が出演したそうで、それもまた劇の臨場感を高めます。

 9・11という、歴史的な評価が未だ定まらない事件を扱う上で、脚本家がどういった価値観でこの事件を見つめているかは、興味深いところです。坂手洋二の作品は、社会的に関心の高い主題をストレートに扱うという特徴があり、かなりメッセージ性の強い作品が多いようです。しかし今回の場合は、作家が自分の意見を投影するというよりも、事件を舞台上にいかにリアルに再現するか、という点に焦点が当てられているといえそうです。またそういった臨場感のなかで描かれる登場人物の人間性の様々な側面がこの作品を引き立てているといえるでしょう。とはいえこれだけ世の中を動かした近年最大のトピックなのだから、それをタイトルにするとなれば、その中の個々の人間ドラマだけでなく、事件を俯瞰する視点がほしいという意見もありました。

 「カタカナのワールド・トレード・センター」もこの作品の理解へのキーワードになりそうです。舞台となるのは、飛行機が突入したツインタワーのすぐ近くの日本人を中心とした出版社です。さらに、劇中では日本文化や日本語の特徴など、ローカリティについての話題が繰り返し出てきます。被害にあった地域の特性上、世界中の人々が巻き込まれた事件の渦中に交わされるこのような会話にはどのような意図があるのでしょうか。

 ブロードウェーでアンダースタディ、代役の仕事をしているジャニーの存在も気になります。この、「アンダースタディ」という聞き慣れない言葉が非常に多く劇中の会話に登場します。ブロードウェーでは公演の主役には必ず代役が控えているというシステムがあるそうですが、ここまでこの仕事が強調されるのはなぜでしょうか。メンバーからあがったのが、代役という仕事の性質が、演劇そのものの世界を代理、表象するという性質と関わりがあるという指摘です。しかし、これが今回の作品とどう関わるかまでは議論は進みませんでした。

 今回は若干時間が限られていたのと、途中人の入れ替わりがあったりして、多彩な意見が出るには少し厳しい環境だったかも。今回のようにとても「具体的な」テーマを扱った作品だと、たとえばこの事件に関する予備知識などもある程度、作品について語る上で要求されるのかも知れません。

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