2010年3月5日金曜日

『万人』検討ーその1ー

 まず本当に意外だったのは、とても面白かったこと、です。まず15世紀末という時代の古さに加え、中世演劇という歴史的な距離の隔たりもあります。その上、なじみの薄いキリスト教的な価値観が色濃く反映されているとなれば、手を出しにくいイメージも仕方無いかなという感じです。

 はたしてその実態はというと、子どもでもわかりやすいような話の筋と、万人をめぐる様々な事物を擬人化したこれまた単純でわかりやすいキャラクターによって、キリスト教の教養が無いからといって理解できないということは全くありませんでした。今の私達の価値観でも十分にわかる因果関係に基づいた筋が展開され、とても親しみを感じながら読み進めることが出来る一方で、私達とは少しずれた価値観が「そこでこうなるか!」という意外な展開を生み、かつそれがそれぞれのキャラクターにおかしみを与えて、劇の終盤では全員で思わず吹き出してしまうような場面も。「親類」や「いとこ」といった実際の人間から、「財産」「善行」「知識」などといった、物や観念の擬人化まで様々なキャラクターが登場するのですが、やはり少しずつ私達の価値観とは違ったイメージを持っていて、それが飽きさせない展開をもたらしています。

 ちなみにこれまでの記事では「登場人物」としていたところを「キャラクター」と書いているのですが、それはこの劇に登場するもの達が現在の(特に日本のポップカルチャーにおける)キャラクター文化に通じるな、と思ったからですが、ちゃんと論じるのは手に余るので感想のみです。蛇足。

 これが「普遍性」か、などと妙に感心しつつ、それだけではとりとめがないので、上演時の状況を振り返ってみますと、イギリスでヘンリー8世によって英国国教会が設けられたのが1534年で、この本が印刷された時期とほぼ一致します。また、ドイツでルターが「95ヶ条の論題」を提出したのが1517年であり、宗教改革のさなかの作品であることがわかります。このような時代背景を持ってカトリック教会から生まれてきたこの作品にもやはり、教会や司祭の権威をとても高く位置づけようとするといった、反宗教改革の影響を見ることが出来ます(700行〜750行あたり)。教会の権威が揺らぎつつあった時代に、一般庶民まで広くカトリックへの信仰を訴える必要があったのでしょうか。この作品が印刷物として現存最古の道徳劇である、という事実もそのあたりの事情を感じさせます。

 もう少し物語の筋に沿って見ていきましょう。

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